フェミニズムが「政治的スタンスの踏み絵」を
濫用しすぎた弊害です。その結果、
リベラル言論界の人々の思考が、ポリティカル
コレクトネスを無意識に探る
空気読み大会のようになり、記号/象徴操作へと退行した、と。
http://twitter.com/kabutoyama_taro/status/101856422840647681
文章書くとき君だってやるだろう、
「あー、ここでちょっとマイノリティに言及して
予防線張っとこう」みたいな無意識の記号/象徴操作。
http://twitter.com/kabutoyama_taro/status/101857353070161920
その結果生まれるのが、移民(最貧層、シングルマザー、LGBT、
なんかしらんマイノリティ)の暴動なら同情の余地があるけど
ネイティブ(白人)で携帯買う金があったら許せん、みたいな
意味のわからん「リベラル的バイアス」。
http://twitter.com/kabutoyama_taro/status/101859019798487040
もうひとつ気持ち悪いのは、対象をどこかしら「美化」することで
「救済されるべき気の毒な人たち」化するカテゴリー操作だ罠。
この思考様式の欺瞞は、美化が不可能な場合も救済も不要だ
ということになる迷路魔。リベラルを標榜するなら、
DQNはDQNと、クズはクズとこきおろしたまま肩入れせえや。
http://twitter.com/kabutoyama_taro/status/101861672825794560